History:K  Vol.11
August.29 2015 TOKYO/JAPAN
Sat Aug 29 2015 19:00:28
TOKYO/JAPAN
August.29  2015  TOKYO/JAPAN

History:K  Vol.11

History:K  Vol.11

Wikipediaには載っていない、紀里谷和明の本当のhistory。ここでは本人自らそのルーツを語ってもらい、今という時間にどう繋がってきたのか? これは紀里谷の生い立ちを通し、過去・現在、そして未来を灯す、ひとつのストーリーである。

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数々の困難を乗り越え、完成した映画監督としての初作品「CASSHERN」。予告編は、数日でアクセスが100万以上と大反響。公開後、興行的にも成功をおさめた「CASSHERN」であったが、日本映画業界や批評家たちからは「駄作」との低評価を受ける。その一方で、才能を認めてくれたのがハリウッドだった。紀里谷のもとには、アメリカのエージェンシーからのオファーが殺到。その1つと契約し、映画監督・紀里谷和明として映画の聖地ハリウッドへと飛び立ったのだった。

アメリカでは早速、色々なプロデューサーたちとミーティングが組まれたのですが、ハリウッドでもトップクラスのそうそうたる方々でした。そのなかで様々なオファーがあり、3本の映画契約をして進めることに。ただ、ハリウッドは契約をしたから、すぐに映画が撮れるっていうことじゃないんです。ハリウッドがどういう仕組みになっているのかというと、まず大量の脚本からスタジオ(映画会社)が選んで、映画化に向けて企画をするわけです。その企画段階の作品がいくつかあり、映画監督にオファーをしていく。オファーするのは、もちろんトップの監督から。例えば、最初にスピルバーグやリドリー・スコットにいき、それで断られた脚本が下の監督たちにおこぼれとしてくるわけです。俺はその当時、1番下の監督。なかなかいい脚本に巡り会えない。でも、そののなかに3つ良いのがあって、「これをやらせてください」と、監督契約をしたわけです。