History:K vol.1
June.05 2015 TOKYO/JAPAN
Fri Jun 05 2015 19:00:46
TOKYO/JAPAN
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History:K vol.1


 Wikipediaには載っていない、紀里谷和明の本当のhistory。ここでは本人自らそのルーツを語ってもらい、今という時間にどう繋がってきたのか? これは紀里谷の生い立ちを通し、過去・現在、そして未来を灯す、ひとつのストーリーである。

 俺は1968年4月20日、熊本県球磨郡あさぎり町に生まれました。人口も2千人くらいの超ど田舎です。一番最初の記憶は、2~3歳のころ。病気を患い、お袋に抱かれて手術室に連れられていった記憶と、オムツしたまま水遊びしていた記憶、どっちが先かわかりませんが、このふたつのどちらかが記憶の最初です。

実家はパチンコ屋で、この家業を言うと金持ちだったと誤解される方もいるでしょう。少なくとも、俺が小さいときは違いました。ウチの親父、実は高校に行きながらパチンコ屋を始めたのです。戦後すぐのころの話ですから、もう何だってアリの時代。この何だってアリの精神がの俺を形成したと言ってもいいでしょう。最初は、家族4人、4畳半の生活でした。凄いボロ屋。家の前にパチンコ屋があり、そこで親父とお袋が夜の10時くらいまで仕事です。ど田舎に1軒だけきらめいてるネオンサイン、それが消えると親が帰ってくる。だからそれが消えるのをずっと待っていたのを覚えています。そして、まず母が帰って来て帳簿をつけ始めます。売り上げの100円玉を千円ずつに積み上げていくという手伝いを夜中にやっていたのを覚えてて。両親はとにかく働き者でした。

親父はなかなか家にいない人でした。もう1軒店があったし、夜は飲みに行っちゃってて。 当時親父は30代中ごろで働き盛りでもあったけど、遊び盛りでもある年頃ですよね。そして、家にはまるで無頓着な人でした。家が狭いとか、飯が不味いとか、とにかく文句を言わない。そういったことは何でもいい人だった。物凄く貧乏して育った人だから、そういうこだわりは皆無。服なんて着れればいい。メシも食えればいい。寝床なんてどこでもいい。物に執着しない性格なのは、遺伝でしょう。
しかし俺は20代のころ、でかい家に住みたい、グルメだ何だ、と思っていました。服もたくさん買った。だけど結局、そういう消費は無意味じゃないの? ってところに帰ってきてしまい、一周してきて、親父とまったく一緒になっちゃった。