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コラム October 2014
October.01 2014
Wed Oct 01 2014 00:00:26
October.01  2014  

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コラム October 2014


嫌韓・嫌中の風潮 October 3 2014


――最近、ネトウヨ(ネット右翼)が増えているという声を聞きますね。確かに街の本屋には「嫌韓」「嫌中」の本がたくさん並んでいますし、自分の周囲にも韓国や中国の人に対して批判的な言葉を発する人も増えている気がするのですが、紀里谷さんはどう感じられていますか。

「それだけ、日本の人たちが経済的に逼迫してきたんだな」ということを肌で感じますね。言ってしまえば、ナチスドイツが台頭してきたときの状況と一緒だと思うんですよ。第一世界大戦後のドイツではハイパーインフレが起きて、失業者が大量に出て、みんなろくに食べられないような状況になってしまったからこそ、ユダヤ人を追い出そうというようなムードが形成されていったわけでしょう。日本はまだそこまでいってないですけど、基本的には同じ流れですよね。

貧困などの苦況に立たされているとき、やっぱり人間は、どこかにはけ口を求めてしまう。関東大震災の直後に、朝鮮の人たちが暴徒化したというデマが流れて、大勢虐殺された事件がありましたけど、あれも、地震によってかけがえのない財産や家族の命を奪われたことに対する「怒り」のはけ口を求めたからですよね。

ネトウヨになる人たちが多いというのも、結局のところ仕事がなかったり、給料が安くてしんどかったり、人生にほとんど希望が持てない人たちが増えているということ。

はっきりいって、その状況に韓国や中国は関係ない。その「怒り」は本来、企業や政府にぶつけるべきもの。そのほうが、よほど筋が通っていると思います。

でも、「怒り」のほこ先を外に向けてくれていたほうが、企業や国は都合がいい。だから、アメリカではその「怒り」がテロリストに向かっているし、中国の場合は日本人に向かっている。そうなるように仕向けられている。まさにマッチポンプ。こういうシステムにみんな気づかないうちに、踊らされている。

国やイデオロギーや権威にすがって自分を支えている人は、やはり、どこか弱いような気がする。そのほかの自分に自信を持てていない、ということだから。うしろに親分や組織がないと威張れないチンピラのようなイメージ。そういう生き方は、やっぱり悲しいんじゃないかな、と。

もし誰かに石を投げたくなったら、自分が大事な何かに目をふさいでいないか、と自問自答してみてほしいですね。でないと、大きな手のひらの上で、都合よく踊らされるだけですよ。


教えられるのは「姿勢」だけ October 3 2014


【Q.ミュージシャンの後進の育て方について】

「プロのベーシスト(男)です。可愛がっている後輩ミュージシャンがいて、彼も一応プロを目指しているんですが、世代的な価値観が違うのもあるのかもしれないですが、こいつがどうも自分に「甘い」のです。演奏でダメなところを指摘しても、直さない。練習をきちんとしてこない。どうも本気じゃないんです。家がそこそこ裕福で30過ぎて独身、実家暮らしというのも彼の「甘さ」に拍車をかけている気がします。最近はもうどうしようもないな、と諦めかけているんですが、基本的にはいい奴なので、何とかしてやりたい気持ちもあり……。どうすれば彼は本気を出し、やる気になるのでしょうか。後輩への教え方、育て方についてお伺いしたいです」

■手取り足取り教えても本人にとっては意味がない

なるほど、「甘っちょろい後輩」をどうにかしたいと。

音楽だけで食べられている人って、どれくらいいるんだろう。全体の0.01%くらいなんじゃないかな? わからないけど、プロの音楽業界ってものすごいシビアな世界ですよね。

要は、その後輩君がそういう厳しい音楽の世界を「なめてる」ってことですよね。うーん……もう、ほうっておけばいいんじゃないですか? (笑)なんて、俺は思ってしまうけど。

だって、「こうしろ、ああしろ」とアドバイスしたって、自分できちんと取り組まなかったら意味がないですよ。俺自身、「先輩に言われてはじめて頑張った」記憶はないですね。映画にしろ音楽にしろ、そんな甘い世界じゃないです。そんな姿勢で生き残れるわけがない。
先輩のあなたも、後輩のことなんか気にしている場合じゃないですよ。まずは自分のことを考えましょう。

■誰かに言われないと頑張れないことは、本当にやりたいことではない?

ひとつ言っておきたいのは、アートやクリエイティブの世界で、後進に自分のやり方を「教える」ことって、絶対的に不可能なんですよ。いくら自分のやり方を仕込んだところで、ロボットみたいなものができあがるだけで。

百歩譲って、確かに技術的なことはある程度「教える」ことができるかもしれません。でも、人の心をつかむのは、当然技術だけじゃ無理なんですよね。もし、すべてを「教える」ことができるんだったら、今まで、何十人ものレオナルド・ダ・ビンチやピカソが生まれているはずです。

だから、あなたがもしその道で一流の実力を持っていても、どうすれば一流になれるかを、後輩に手取り足取り教えることはできないと思う。教えることができるのは、「姿勢」だけです。

こうやって頑張ればいいんだ、という「姿勢」ですよね。
その先は本人が自分でいろんなやり方を試して、自分で気づいていくしかないと思います。

俺も誰かに教えられたり「こっちへ行け」と言われたりして、映画監督になったわけじゃない。そもそも、自分自身が映画監督に向いているかどうか? と聞かれたら、向いてないかもしれないですし(笑)。

やっぱり、自分が興味があることを突き詰められるかどうか、ということじゃないでしょうか。その道で行こうと思えば、おのずとまわりから盗むしかなくなるはずですよ。その、なかなかやる気を出さない、練習しないという後輩の男の子は、たぶん突き詰めると音楽なんて「どうでもいい」んじゃないかな。

自分が「いつまで経ってもできないこと」は、結局は、自分が「どうでもいいと思っていること」なんですよ。

結論だけ言うと「他人に言われないと頑張れない」ようではやっぱりダメなんじゃないでしょうか。

とくにクリエイティブの世界では。自分が「どうでもいいと思えないこと」にだけ、力を注げばいいと思う。人間って、そんなに全方向に努力できないですからね。

それでは、次の質問。

【Q.インディーズで映画を作っているんですが、スタッフを動かすのに苦労します】

「20代後半女性です。映画監督兼脚本家を目指していて、すでに自費製作で何本か映画を作っているのですが、毎回、スタッフでかなり苦労しています。というのも、そもそも、撮影も大道具も、多くはアマチュアなので、平日はみっちり別の仕事やアルバイトを入れていたりして、全員の都合がなかなか合わない。映画を作ること自体はとても楽しいんですが、予定も都合もバラバラなスタッフをまとめるのが大変で、心が折れそうになります。もし、何かいいアドバイスがあればお願いします。」

■「スタッフをどうやってうまく動かすか」というのは永遠のテーマ

それはハリウッドで映画製作をしている俺自身も、同じような問題に直面しています。

あなたが本気でプロの監督を目指すのであれば、その悩みは永遠につきまとうでしょう。お金を出してもスタッフが集まらない、集まっても言った通りに動いてくれないということはごく普通にあるし、それはどんな映画の現場でも変わらない。

そういうときに、スタッフを束ねる立場としてはどういうスタンスが必要か、ということについてアドバイスします。

一つ目は、綿密な計画、プランニングをしておくこと。

二つ目は、できるだけ自分が「わからない」ことはなくしておくこと。

たとえば照明のことは照明のスタッフに任せきりにするんじゃなくて、自分もわかるようにしておいて、いざとなったら「自分が替わる」くらいじゃないと。チームのスタッフが言われた仕事ができないのは当たり前だと思って、自分がその仕事を先頭立ってやるくらいの気持ちでいたほうがいい。

(映画の監督は)チームのスタッフが「言われた仕事ができない」のは当たり前だと思って、自分がその仕事を先頭立ってやるくらいの気持ちでいないといけない。そうじゃないと映画なんて完成しない。本当に「できるわけがない」って感じなんですよ。プロの現場でさえそうなんだから、アマチュアの現場では言わずもがなですよね。

加えて三つ目に重要なのは、当たり前ですがスタッフとのコミュニケーションです。

■本気でコミットしてくれるスタッフを集めるのも監督の仕事

スタッフを選ぶときも、能力よりも「本気でコミットしてくる奴」を選んで連れてきたほうがいい。映画を完成させたかったら、ちょっとやそっとで「逃げ出さない人」を連れてきたほうがいいですね。え、実際に逃げる人ですか? ……いますよ(笑)。

スポーツにたとえるとわかりやすいんですけど、野球で「甲子園に行こう」と思ったら、本気で練習しない奴もダメだし、全然打てない奴もクビになる。「勝っても負けてもどっちでもいいよね」という感覚で野球をやったって、草野球以上のものにはならない。

誤解のないように言いたいけど、客観的に見て草野球かどうかは関係なくて、レベルとしては草野球だけど「いつかはプロ野球で勝つんだ」とチーム全体が思ってやるのと、「どうでもいい」と思ってやるのとでは、やっぱり野球の質が違ってきますよね。

だから、これは映画に限らないけど、スタッフを集めて何かを作り上げるときは、「本当にやるのか?」「本気でやるのか?」ということを、一番始めに確認しておいたほうがいい。そこを省くと、やっぱりあとでダメだったということになるんじゃないのかな。

【今週のキリヤ語録】

(映画の監督は)チームのスタッフが「言われた仕事ができない」のは当たり前だと思って、自分がその仕事を先頭立ってやるくらいの気持ちでいないといけない。そうじゃないと映画なんて完成しない。

あなたがもしその道で一流の実力を持っていても、どうすれば一流になれるかを、後輩に手取り足取り教えることはできないと思う。教えることができるのは、「姿勢」だけです。


『地獄の黙示録』 October 17 2014


『地獄の黙示録』
http://urx.nu/d31y

1979年(アメリカ)、2001年にディレクターズ・カット版が公開。203分。
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:マーティン・シーン、ロバート・デュバル、マーロン・ブランドほか

今までメディアでも何度か紹介しているけど、「好きな映画をひとつ挙げてください」と言われたら、この映画を挙げるほかない。

通算で何回観たかはもう忘れました。とにかく何度も観た。ディレクターズカット版は3時間半ある。すごく長い映画なんだけど、何度観ても本当に素晴らしい。嘘か本当かわからないけど、ハリウッドで聞いた話では「映画会社の倉庫でインターンの子がいろいろな作品を観ていたら、そのリール(ディレクターズ・カットになった映像)が出てきた」ということらしい。

もともとオーソン・ウェルズが監督しようとしてたらしいんだけど実現しなくて(編注・資金調達の問題で頓挫したと言われている)、コッポラが撮ったという経緯があります。翻案になった本(※)はありますが、まったくちがう話。そもそも舞台背景がベトナム戦争に変更されているし。

この作品は『ゴッドファーザー』の次の作品なわけだけど、タイをロケ地にして何年もかけて撮っていたから、途中でお金も足りなくなったりして、すさまじい状況で作っていたわけです。今の時代なら、そもそも製作許可がおりないでしょう。お金がかかりすぎるし、売れるかどうかもわからないようなテーマです。しかし、いまだにまったく古びない。エンディングのシーンなんて、奇跡ですよ。当然、CGなんて存在しないから、一切使ってない。この映画は本当に何度観ても「圧倒的にかなわない」と思い知らされる。

初めて見たのは小学生のときだった。当然、観ても意味がよくわからなかった。二度目は渡米後。俺は高校生になっていて「これ、すげえな!」と思って。2001年にディレクターズカット版が出てすぐ観ました。

中身は実際に観ていただくとして、ベトナム戦争を題材にして「なんで人間はこんなことをするのか」ということを延々と問いかけている。映画の中で「狂っている」と言われている人を探しに行くんですが、人間の狂気というものに向き合ったとき、果たして正常とされるものが本当に正常なのか、むしろ正常であるとされるものの中に狂気があるんじゃないか、という……現代にも通じるテーマが描かれていると思います。

映像、ストーリーも含めて奇跡としか言いようがない。20世紀最高の映画だと思っています。

制作現場をコッポラの奥さんが撮った『ハート・オブ・ダークネス』というドキュメンタリー映画があるんですけど、それも素晴らしい。余談ですが、まだ子どものソフィア・コッポラも出てきます。

手に入れば、1979年版と、2001年のディレクターズ・カット版、両方観てみてほしいですね。

『地獄の黙示録』
http://urx.nu/d31y

『闇の奥』
http://urx.nu/d376
翻案となったジョセフ・コンラッドの小説。舞台設定などは大きく変えられているため別の作品として捉えられているが、いくつかのテーマは共通している。


『Last Knights』Vol.001 October 17 2014


■第1回「上海の夜、クライブ・オーウェンと」

――そもそも、『ラスト・ナイツ』の企画はどのようにして生まれたんですか?

『ラスト・ナイツ』の話はアメリカにいるときに、仕事仲間から持ち込まれました。俺が一緒に仕事していた映画のプロデューサーに「これ、読んでみてよ」と脚本を渡されたんです。読んでみたら、それが非常に素晴らしい作品だったという、非常にシンプルなきっかけ。

――これは撮りたい、この脚本を映画にしてみたいと思ったわけですね。

それで「この素晴らしい脚本を映画にするとしたら、誰に出てもらうべきか」と考えたときに脳裏に浮かんだのが、クライブ・オーウェンでした。

■約束よりひと足早く、偶然バーで出合った

もともと彼のことは俳優として好きだったのもあって、彼を中心に据えることで映画のイメージが湧いてきた。彼に出てもらうことが、この映画を作り上げるための第一歩に思えた。

さっそく、エージェントを介してオーウェンに脚本を渡してもらったところ、「気に入っている」という話が伝わってきて「じゃあ、一度会いましょう」と。そこからの展開は少しめまぐるしい。そのとき、俺は日本にいたんだけど、彼が「ちょうど上海の映画祭(※)に行っているから、上海で会おう」となった。上海なんてアメリカに比べれば全然近いから、俺は急いで飛行機のチケットを取って上海へと飛んだ。※上海国際映画祭(中国上海市で毎年6月に開かれる映画祭)

で、ここからが予想外。オーウェンとは飛行機が着いた次の日に会う約束をしていたんだけど、上海に着いた日の夜にすぐ会うことになったんです。

というのも、友だちに連れて行かれたバーに、彼が居たんですよ(笑)。本当に、まったくの偶然。「紀里谷だけど」と自己紹介をしたら「そうか!じゃあ今日は一緒に飲もうよ」となって、結局、その夜は一緒に酒を飲みながら、ひたすら『ラスト・ナイツ』の説明をしていた。「これこれこういう理由で、俺はあなたにこの映画に出てもらいたいんだ」と。彼は俺の長い説明をじっくり聞いてくれて、返事は短く「考えてみる」とだけ。

ここからがふたつ目の予想外。驚いたことに、彼は帰り際にこう言った。「明日の映画祭、一緒に行こうよ」って。

これから一緒に仕事をするかもしれない、俳優からの誘い。監督としては断る理由がない。次の日は映画祭に連れていってもらった。そんなこともあって、上海ではなかなか楽しいひとときを過ごした。けれど、今回の最終的なミッションは、あくまでいい返事をもらうこと。自分としてはやることはやった。あとは、彼の連絡を待つだけだった。

そのあと、数週間連絡がなかった。俺はすでに日本を離れてアメリカにいた。
連絡がくるまで不安だったということはない。ただシンプルに「彼がやってくれたらいいな」と思っていた。そして、ある日彼から電話かかってきた。

返事はイエス。「やる」との答えだった。
これが、今から5年くらい前の話です。

(つづく)


学校にまつわる思い出 October 17 2014


Q.紀里谷さんの少年時代について聞かせてください。

■(その1)理不尽なルールに納得がいかなかった小・中学時代

15歳まで日本にいました。熊本のあさぎり町というところにいまして、その町の小学校、中学校に通った。どんな子どもだったか、わかりやすく言うとスポーツ少年で、ガキ大将。校則は「守るほう」というより「破るほう」でした。

ある時期までは、何事もなくすくすくと育ったわけなんですけれども、小学校の高学年くらいからちょっとね……。6年生のときかな。その前の、5年生のときの担任の先生が非常に面白くて、めっちゃ自由な人で、(普通の大人が子どもにしないような)いろんな逸話を話してくれたりする人で。

たとえば、あるとき火災探知機の話になって「本当に火災報知機は機能するのか」と言い出した。教室に火災探知機があったんだけど、ちょっと実際にやってみようっていう話になったんです。先生みずからが、火災報知機の下でライターで煙草に火をつけた。で、「お前ら、絶対(ほかの先生に)言うなよ」って言うわけですよ。で、やったら鳴っちゃって(笑)。ほかの先生が慌てて「どうしたのどうしたの」って来たんだけど、生徒はみんな知らんぷりしてた。まあ、いい先生だったわけです。

それが、6年生になったら全然真逆のタイプの先生が担任になった。堅苦しいというか。いわゆる「先生」という感じ。暴力はふるうわ「給食を残すな」と言われて居残りさせられるわ。根菜を食べられない俺は、ずっと昼休みも外に出してもらえなかった。昼休みなかったですね。なんか、そういう理不尽なことが多かったんです。そこで、教師や学校教育に対しての抵抗がはじまった(笑)。

中学校に行ったら、もっとエスカレートして。制服だの、髪型だの。そのころは坊主頭がルールだったから「何ミリじゃないといけない」とか。そういう時代だったんですね。それが嫌で嫌でしょうがなくって、反抗しまくって、その結果殴られたり。あとは先輩の後輩に対する締め付けみたいなものもひどくて。「もう、こんなところにいられない」と思って、結局アメリカに行ったんです。これ、すごく長い話を短くはしょってます。まあ、普通の人はそんなことがあっても、学校に順応していくんだけどね。

中学の英語の先生で、唯一僕の味方をしてくれた増田先生という人がいて、アメリカに渡るときに後押ししてくれたんだけど、2年前くらいに亡くなられました。俺の担任ではなかったんだけど、本当にいい先生だった。情熱大陸で見た人もいるかもしれないませんね。

「あのときアメリカ行ってなかったら、自分はどうなってたんだろう」と頭の中でシミュレーションしたりします。

日本に残っていたら、たぶん中学校を卒業して、私立の高校、大学行って……。どうなっていたんだろう。うーん……官僚とかになっていたかもしれない。じつは俺は子どもの頃、外交官になりたいと思ってたんです。だから官僚になって、で、そこから脱落してヤクザみたいになってたんじゃないかな(笑)。あるいは、事業をしてみたけど失敗しているとか。そういう感じがしますね。

(「その2」につづく)


椅子取りゲーム October 17 2014


【青色LED開発・製品化で日本人研究者3名がノーベル物理学賞を受賞】

――青色LEDの開発・製品化に貢献した日本の研究者3人(名城大の赤崎勇終身教授、名古屋大の天野浩教授、米カリフォルニア大サンタバーバラ校の中村修二教授)がノーベル賞物理学賞を受賞しました。とりわけ中村さんは、日本を出られて今は米国籍をお持ちで、今回の受賞までに複雑な背景(※)をお持ちですが。

※青色LED製法特許の譲渡に対する対価を日亜化学に求めた裁判で「200億円判決」(2005年1月、東京高裁で約8億4000万円で和解)を勝ち取り、「技術者の反乱」と話題を呼んだ。604億円の利益をもたらしたにも関わらず、当時報奨が2万円しかなかったというエピソードも話題になった。

■個人が権利を主張できない国

ノーベル賞受賞、ちょっと複雑な気持ちになりますね。中村修二さんのことは、青色LEDの訴訟時から見ていました。

僭越ですが俺には彼の気持ちがわかります。

結局映画業界も同じなんです。映画監督は「1本撮った対価としてこれだけ払う」というギャラ契約で、印税みたいなパーセンテージでの利益はDVDが発売されないと入ってこない。でも、俺の場合は2作とも「映画自体の利益から何パーセントもらう」という契約を結んだんですが、それを交渉して勝ち取るまでがものすごく大変だった。

日本では、もともと「利益を(利益を生み出した個人に)分ける」という概念が希薄なんじゃないでしょうか。企業や出資者に出資額が戻った上で利益を分けるんだから、問題ないじゃないかと思うんですが、個人が「利益の中からパーセンテージをもらいたい」と言うと非常に嫌がられる。

日本で個人が利益配分を主張すると、すぐに「そんなにお金がほしいのか」という話になるんですが、客観的に見て、自分の仕事に対して正当な対価を求めているに過ぎないと思うんですよ。お金に執着しているのは企業のほうじゃないの? と。

研究者やクリエイターがいくら大きな利益を生み出しても、企業が利益を総取りするのがわりと当たり前になってしまっている。

数百億の利益をもたらしたのに、2万円しかもらえないなんて、しゃれにもならないような状況だと、やっぱりみんな「外」に出てしまう。「海外に出るしかない」という発想になってしまう。

■「日本人、頑張れ!」フィーバーへの違和感

海外に出て行く人は、出て行きたくて出て行くわけじゃない。俺がそうだったんだけど、どうしようもなく出て行かなければならない。

中村さんも、研究者として出て行きたいというよりは、出て行かざるをえない状況があったんだと思います。

そうした経緯があったのに、今回の受賞で「日本人がノーベル賞を取った、万歳!」って言い始める空気が不思議でしょうがないんです。それまで、彼を応援も擁護もしていなかった人たちが、ですよ。サッカーのワールドカップやテニスの錦織くんのときもそうだったけど、勝ち出すと急に「日本人、頑張れ」と応援し始める。そんなに言うなら、もっと前から応援しようよと。

日本って、勝ち馬に乗った人は応援するけど、勝つかどうかわからない状況ではまったく応援しないという不思議なカルチャーがある。

青色LEDの件で裁判になったとき、中村さんの味方をした人はどれくらいいたのか。彼に味方したのは法廷くらいですよね?

(一審の東京地裁は相当対価を約604億円と認定し、原告の中村さんの請求金額であった200億円が満額認められた。しかし、そののちに被告の日亜化学側が控訴。控訴審である高裁の和解勧告によって最終的に、中村さんには職務発明の対価約6億円、遅延損害金約2億円が支払われた)

地裁が認めた対価を「払う必要がない」と控訴して、結局8億円しか支払わなかった企業に対して、当時「それは本当におかしい」と言った人がどれくらいいたのか。

むしろ「まあ8億円ももらえたんだから、それでいいじゃない」という空気だったと思う。要は「組織に属する個人が金のことでガタガタ文句を言うな」ということ。でも、そういう姿勢の延長線上に今のブラック企業問題があるんじゃないか。そうなると「できる人間はみんな日本の外に出てしまって、イノベーションがどんどん起こらなくなっていく。これって日本の“国策”としても、非常によくないと思うんですよ。

結局のところ「国が悪い」「企業が悪い」という話になるんだけど、俺は「国民も悪い」と思うんです。

■「他人の失敗を願う」という風潮の根っこ

1998年のサッカーワールドカップで日本代表が負けて決勝トーナメントに進出できなかったとき、帰国してきた選手が成田空港で水をかけられたことがあるけど、日本としては「チャレンジ」だったわけじゃないですか。チャレンジ自体を称えてもいいはずなのに、一度の失敗にものすごく厳しい。一方で、チャレンジする人に対しては「そんなことしてもダメだ」とか「どうせ失敗する」と叩く風潮が色濃い。この風潮が、本当に不思議でしょうがないんです。

そういえば、「ハリウッドで『ラスト・ナイツ』を撮る」という話がニュースで出たときも、即座に「紀里谷はどうせ失敗するだろう」というニュアンスのスレッドが2ちゃんねるにまとめられていた。

長い目で見て応援すればいいのに、とりあえず世間からはずれた“余計なこと”をやろうとしている人を叩く。それでいざ成功すると、手のひらを返したように称賛する。この風潮は昔と比べて何ひとつ変わってない。

『ルパン三世』の実写化が決まったときに、業界や俺のまわりでは「あんなの絶対当たらない」なんて言う人もいました。業界の嫌なところだけど、普段から「自分の作品以外の映画は当たらないほうがいい」と言っている映画人は多いんですよ。

それはダメだろうと思う。映画がより多く“当たって”くれれば、映画業界全体がうるおう。自分の作品にも予算が多く出るようになるかもしれないじゃないですか。

それなのに、なぜ自分の作品以外の映画が失敗することを願うんだろう? 全然合理的じゃない。たぶん、目先のことしか考えてないんだと思う。これは、ほかの業界でも思い当たる人もいるんじゃないでしょうか。

――「まわりの人(や企業やビジネス)が失敗してくれたほうが、自分が必然的に上に上がれるんじゃないか」という心理があるのかもしれないですね。

それは錯覚です。ほかの人の映画が失敗したら「この手の映画はダメだ」と思われて、もう予算が出なくなる。だから、映画人は本来、ほかの人の映画がみんな当たるように祈るべきなんです。それが、回りまわって自分の作品のためにもなるんだから。

■みんな、成功に「定員」があると思っている?

自分も成功して、まわりも成功して、みんなハッピーになればいいじゃない、と思うんだけど、どうも、多くの人はそう思えないみたいですね。

アメリカは、日本よりは比較的ましなんです。チャレンジしている人は応援するし、失敗したとしても、いいプレイをしたら称えられる。けれど、日本だと、チャレンジしている人は、まず叩かれる。失敗するとさらに叩かれる。そこをくぐり抜けて、飛びぬけた成功を収めた人は称賛される。けれど成功するまでの過程において、気持ちよく応援されることはなかなかない。

ひとつのパイを取り合っているわけじゃない(叩いても仕方ない)場面でも、反射的に叩いてしまう人が多い。「この人、なんで他人がダメになることを願ってるんだろう」と。他人の失敗を、ほとんど発作的に願っている人が多い気がする。

自分以外のまわりの人間を「叩く」という習慣は、おそらく長い長い時間と環境から作られたのものなんだと思う。俺が思い当たったのは「この人たちが受験勉強社会をくぐりぬけてきたからじゃないか」ということ。

受験には必ず「定員」がある。ある枠に決まった人数しか入れないとなると、自分が合格するためには、誰かが不合格にならないといけない。まわりの人間が失敗すれば、自分が成功する確率が高くなる。そういう環境にいると「他人はみんな失敗してくれたほうがいい、叩くのは当然」というマインドになってしまう。

受験カルチャーというものが「他人の失敗を願う」風潮を作り出している、と仮定したら。もしも、受験というものが「テストである点数以上を取った者は全員合格。千人でも、一万人でも入学できます」というしくみであったら、この風潮は多少なりとも変わっていたんじゃないだろうか。

実際、成功に「定員」はあるのかといったら、ないですよね。ある、と思う人は自分が活躍する土俵を狭く捉えすぎなんじゃないか。

――ところで、大学の受験事情はアメリカの大学は日本とは違いますよね。それぞれ審査基準があるかわりに、日本の大学入試のようにテストで高い点数を取った順番で合格させるわけじゃない。一方、卒業は厳しいと聞きますが。

基本的にはそうですね。一定の基準に達すればみんな卒業できる。だから「みんなで協力して卒業しよう」という空気があったと思います。ただ、今はどちらかというと最近のアメリカは競争社会化、学歴社会化が進んでいて学校も企業も入るのが難しくなっているから、そういう空気は薄れているかもしれない。クリエイティブの世界では、いまだに助け合うムードはありますが。

――中村さんは米国市民権を取得しています(本人は「研究の予算を得る必要などから米国籍を取得したが、日本国籍を捨てたわけではない」と主張している)。紀里谷さんはアメリカの永住権をお持ちですが、国籍はまだ日本ですよね。国籍を変える予定は?

中村さんは、厳密には日本国籍は喪失しているんですよね。二重国籍になっちゃうから。俺は今は日本国籍ですけど、別にこだわりはないので、アメリカに変えてもいいとは思っています。

―― まだ一般的には、国籍を捨てること、捨てた人に対してどこか批判的に見るような空気はあるかなと。

海外に出たり、国籍を変えたりした人に「もう二度と帰って来なくていいよ!」みたいなことを言う人がいるんだよね。あれも、本当になんなんでしょうね? そうやってどんどん排他的になっていくとしたら、日本の未来は真っ暗だと思う。

もう一度言っておくと「他人が失敗すれば、自分が成功する確率が上がる」というのは錯覚ですよ。他人の失敗を願うのも、チャレンジャーを叩くのも、いい加減やめましょう。そうしないと、自分も今の場所で生きづらくなっていくだけだと思う。

【今週のキリヤ語録】

・自分以外のまわりの人間を「叩く」という習慣は、おそらく長い長い時間と環境から作られたのものなんだと思う。俺が思い当たったのは「この人たちが受験勉強社会をくぐりぬけてきたからじゃないか」ということ。

・まわりの人間が失敗すれば、自分が成功する確率が高くなる。そういう環境にいると「他人はみんな失敗してくれたほうがいい、叩くのは当然」というマインドになってしまう。

(参考)
ノーベル賞:物理学賞に赤崎、天野、中村の3氏
http://mainichi.jp/feature/news/20141008k0000m040028000c.html

二重国籍の実態:「ノーベル賞中村氏は日本人」とする安倍首相、「日本国籍を喪失」とする日本大使館
http://www.huffingtonpost.jp/uniuni/person-with-dual-nationality_b_5969438.html

中村教授のノーベル賞受賞は職務発明規定改正論に影響を与えるか
http://www.huffingtonpost.jp/kiyoshi-kurihara/nobel-prize_b_5963374.html


『パッション』 October 24 2014


『パッション』
http://urx.nu/dg1r
2004年(アメリカ/イタリア)、127分。
監督:メル・ギブソン
出演:出演:ジム・カヴィーゼル、マヤ・モルゲンステルン、ロザリンダ・チェレンターノ、ルカ・リオネッロほか

もともとのタイトルは『The Passion of the Christ』で「キリストの受難」を描いた作品。聖書の話にもとづいて、拷問を受けて処刑されるまでの最後の時間を再現するように描かれているんですが……もう、本当に素晴らしい映画。

監督はメル・ギブソン。彼はもともと『マッド・マックス』などの主演作品で知られる俳優ですが、監督としてもいくつか作品を撮っていまして、彼が監督した『ブレイブ・ハート』という作品も大好きです。それで、この映画はメル・ギブソンが私財を投じて撮っている。つまり、自主制作映画なんです(編注・構想12年、製作費30億円と言われている)。

ストーリーも、音楽も、役者もすべてが素晴らしいんですが、画(え)が、本当に美しい。撮り方がとてもクリエイティブ。メル・ギブソンは撮影のときに「カラバッジオ(イタリアバロックの画家)の絵のように撮ってくれ」って言ったらしいんだけど、それが見事に実現されています。

そして台詞はラテン語(ユダヤ人の台詞はアラム語)。宗教的なテーマで、台詞はラテン語とくればスタジオ(映画の制作・配給会社)は「そんなもの売れるわけがない」と思いますよね。公開前はかなり否定的に見られていて「当たるわけがない」と言われていた。でも、実際は、大ヒットしたんですよ。

なぜ彼は自主制作までして、この映画を撮ったのかって? やっぱり彼が敬虔なクリスチャンであり、キリストという人物のことが好きだったからでしょう。キリストのことは、俺も好きなんですけど――この映画を観ると、彼のことが理解できるという気がする。本当にいたとしたらね。


『マッド・マックス』
http://urx.nu/dh2R
1979年、オーストラリアにて公開。ジョージ・ミラー監督、メル・ギブソン主演のアクション映画。のちにシリーズ化された。当時まだ無名だったメル・ギブソンはこの映画のオーディションで主役を勝ち取り、スターの座をつかんだ。

『ブレイブ・ハート』
http://urx.nu/dh4A
1995年、アメリカにて公開。メル・ギブソン主演・監督。スコットランドの独立のために戦った実在の人物ウィリアム・ウォレスの生涯を描いた歴史映画。数々のアカデミー賞を受賞した。


『Last Knights』Vol.002 October 24 2014


■第2回「インディペンデントでやるしかない」

映画の企画は、クライブ・オーウェン氏が出演を引き受けてくれたところから動き出しました。最終的に、製作がスタートを切るまで5年もの歳月を要しましたが、彼はその間、辛抱強く待っていてくれたんです。

それまで、俺が何をしていたかというと、資金集めです。
映画を実現させるためには、当たり前ですが、製作するための資金を調達してこないといけない。

映画会社に「こういう映画を作らせてくれないか」と企画を持っていくというのが正攻法で、うまくいけば映画会社が予算をドーンとくれて、そのまま配給してくれます。こういう映画会社を「スタジオ」と言います。ワーナー・ブラザーズやパラマウントなどはみんな「スタジオ」。自社の作品をトータルで管理するしくみは「スタジオ・システム」と呼ばれていて、いわゆるハリウッド映画は、そのシステムの中で作られてきました。

ですが、やはりそういうスタジオでは、自社内で企画・開発している脚本がたくさんあって、映画監督はその企画に合わせて外から雇われるような形が多いのです。
「こちらから企画を提案して製作する」というのは、不可能ではないけれど、承諾を得るのが難しい。

実際、韓国のプロデューサーと一緒にいろんな会社を回って売り込んでいたんですが、「いい脚本なんだけど、ちょっと厳しいね」という返事ばかり。

1年くらいかけて、何社も何社も足を運んだですが、どうしても通りませんでした。
それで、「じゃあ、インディペンデントでお金を集めるしかない」という結論に達したわけです。

プロデューサーが言うには「韓国のファンドでやれる」と。話し合って「そのほかは、日本やアメリカから集めよう」ということになりました。

ご存じない方もいると思いますが、映画には「プリセールス」というのがあります。

簡単に説明すると、「映画が完成する前に映画の配給権を販売すること」。「この監督で、こういう脚本で、この俳優で映画を作るので買ってください」と配給権を各国の企業に売り込んでいくんです。それで、配給会社との契約書をもとにお金を借りて、残りの半分を補填して、映画が無事完成するというわけです。

ベルリンやカンヌで開かれている映画祭は、何のためにやっているかというと、じつは“映画の見本市”みたいなものなんです。そこで、この映画にフランスの会社はいくら、ドイツの会社はいくら金を出すという契約が取り交わされるわけです。

(つづく)


学校にまつわる思い出2 October 24 2014


Q.紀里谷さんの少年時代について聞かせてください。

■先生たちの建前と本音にがっかりしていた

俺は、その頃(小・中学生の頃)から非常に合理的な考え方をする人間だったんですよ。この間、堀江さんと対談をしたんですけど「ああ、自分と似てるな」と思ったのもそういうところ。「決まりだから」と言われているものを、すごくフラットに捉えて「それって、おかしくないか?」「くだらないなあ」「なんでこんなことしなくちゃいけないの?」と思っちゃうような子どもだったんです。

あるとき、授業で何か作文を書けといわれて「靴下の色は勉強に関係ない。(校則で)決まっているのはおかしい」というテーマで作文を提出したことがありました。

そうしたら、先生から図書館に呼び出しをくらって。今でも覚えているんですが、俺が書いた原稿と消しゴムと鉛筆を渡されて「書き直せ」って言われたんです。そのとき、「うわあ、こいつら、本当にバカだ」って思って。(普段から)暴力をふるわれていたのも嫌だったんですが、それが(日本を出る)最後通告みたいになりましたね。「こんなところにいちゃダメになる」と思ったんです。

子どもにとって「表現の自由を奪われる」というのは本来虐待だと思うんですよ。そういう教育の結果なのか、(大人の世界でも、自己規制の風潮は)世の中には蔓延してますよね。「自分はこう思ってるけど、言わないようにしよう」とか。

こういうこと言っちゃいけないのかもしれないけど、俺の場合、中学の先生がダメすぎたんですよ。とくに日教組(教師の組合)に入っている人たちがひどかった。あるとき、職員室の掃除をするように言われてたまたま休憩室に入ったんです。そうしたら、そこの壁に「賃金アップ、みんなで頑張ろう!」と書かれたポスターがでかでかと張ってあって(笑)。「こいつら、この程度なのかよ」って思ってしまって。

もちろん、先生も労働者ですよ。労働者として主張をするのはいいんだけど、何か、この人たちに「道徳観」とか言われてもなあ……と。裏側見ちゃうと「自分たちは、この程度の人たちに教育されているのか」と思って。あとは田舎だから、うちの親父と一緒にある家の宴会の席に連れられていくと、そこに先生がいたりもするんです。で、そこの家の奥さんのお尻をさわったりしている。まあ、教師もストレスたまるだろうし、お酒も飲みたいだろうし、「聖職者として」なんて言うつもりはないけど……何だろうね。「じゃあ、生徒の前でも、もっとぶっちゃけてくれればいいのに」って。

俺が好きだった5年生のときの担任の先生は、桑原先生という人だったんですが、生徒の前でも、ぶっちゃけてくれたんですよね。生徒に(真面目な建前の話だけじゃなく)変な話、大人の話や性教育みたいな話もいっぱいしてくれたんです。でも、6年生のときの先生も含めて大半の先生は建前ばかりというか、「先生」というものを「演じて」いるように見えて、それがすごく嫌でした。

こういうこと言うとあれなんですが、中学のときって、俺、超勉強できたんですよ。それで、桑原先生は「お前は授業聞かなくていいからこの問題集やってろ」って中学校以上のレベルの問題集をくれて。「どんどんやれ」「もっとやれ」と言われていたことを覚えています。だから、その先生が(特別に)アメリカ的だったのかもしれないですね。

あるとき「君が代を歌うことになりましたので、意味を教えます」みたいな授業があって、「君」は「天皇」のことだからこの歌は天皇が永遠に続くことを意味しています、とか言われて。歌詞を選んだ人が「巌(いわお)」さんという人(編注・陸軍元帥・大山巌が既存の和歌を引用した)だったから、自分の名前を残したいがために「いわおとなりて」という歌詞にしたんだ、みたいなことを言っていて。要はバッシングなんです、君が代バッシング(笑)。

子ども心に「それってこじつけなんじゃないの?」なんて思いながら、聞いていました。何かもう、コントみたいですよね。今、振り返ると面白い(笑)。ちょっと新興宗教みたいな感じですよ。田舎ってそうなんです。先生というより、日教組の人たちが子どもに教えてるみたい。刑務所みたい? そうかもしれないですね。

そう考えると、やっぱり自分に子どもがいたら、そういう場所には行かせたくないと思ってしまう。どこで子どもを育てるかというのは、悩みどころですよね。

でもだからといって、私立のエスカレーターみたいな学校に入れるのは嫌だなと思う。というのは、いわゆる付属から入って大学を卒業した人たちと会う機会があるんですが「なんか、合わないな」と思っちゃうことが多くて。一応、俺も会社の社長なんだけど、エスカレーターで卒業した奴を自分の会社に入れるのは嫌かもな、と思うくらい。これは個人の経験上。全員が全員そうだとは言わないけど、自分の子どもを自分自身が友だちにならないような(種類の)人にはしたくない、という気持ちはありますね。

でも、俺のまわりには、必死に子どもを付属の学校に入れようとしている人が結構多いんですよね。普段着ないスーツを着て面談に行ったり、いろんなつてをたどったり。自分は大学すらちゃんと行ってないような人が、ですよ。「自分は大学行かなくても成功してるのに、なんで?」と思うけど、やっぱり「自分ができなかったことを子どもにはさせたい」気持ちが強いんでしょうね。

そういうのを見ていると、カルマってそうやって受け継がれていくものなんだなあ、なんて思ったりもします。


日本が抱える空虚さ October 24 2014


――10月20日に衆院議員の小渕優子さんが関連団体の資金処理に不透明な部分があったという問題で閣僚を辞任されました。松島みどりさんも「うちわ配布」の問題で辞任され、安倍内閣は女性ふたりを失ったことになりますが、このニュースについて何か思うところはありますか。

■悪いことすらできない人が政治をやれるのか

誰だって、過去をほじくり返されれば、何かしら後ろめたいことを抱えていると思うわけです。完璧な人なんていないんですから。けれど、古今東西、アメリカもそうなんですけれども、政治家の経歴には、みんな厳しい。オバマ大統領なんかも「昔はマリファナ吸ってた」とか、とにかく何かあるととことん追求されてしまう。

ただそうなると、とりわけ首相や大統領なんかになろうと思ったら、高校生くらいのときから品行方正にしていないとやっていけないですよね。政治家になるために有利になるような部活やボランティアをやっているとか。つねにそういうことを考えて、自分の人生をプランニングしていかないといけない。

でも、そうした過去を批判する人に聞いてみたい。「完璧なプランニングのもとに完璧に生きている人間が、世の中に一体何人いるのか」と。そんなごく限定された数の人からしかリーダーになれる人を選ばなければならないのか。

経済界であれば、品行方正な人物だったとは決して言えないような人も、活躍して社会にイノベーションを起こしている。一方で、なぜか政治の世界では、成果を挙げられるとはお世辞にも思えないような人たちが、大勢政治家になっている。

結局「悪いことをする度胸もない人たち」が政治家になってしまっているんじゃないでしょうか。保身のために品行方正な生き方を強いられてきたような人たちに「自分の人生を託そう」「国をまかせよう」とは、なかなか思えないですよね。

■みんな「官僚主導」の政治を批判するけれど

小渕さんが辞任してもしなくても、何も変わらない。政策を実行する上での時間的、経済的なロスが発生しただけだと思うんです。この交代劇を含めて、民主主義ってやっぱり「茶番」だなと思います。

そもそも、日本の大臣は本来はその省庁でリーダーとして主導的な役割を果たすべきはずなのに、たいてい、スペシャリストじゃない。これって、よく考えるととんでもないことです。

官僚主導の政治がよく批判されますが、そもそも大臣がスペシャリストじゃないからそうならざるをえない。映画のことを知らない人がいきなり「監督です」って言っても、現場について何も知らないんだから、そりゃあ、スタッフがかわりに勝手にやるしかない。大臣の担当省庁のポストがいきなり変わったりもしますけど、大学で言うと、こないだまで化学を教えていた講師が、いきなり経済学の授業を持たされる、みたいなことですよね。優秀な助手やアシスタントに頼るしかないでしょう。

スペシャリストにも、リーダーにもなれないような議員を選んでいるのは国民です。政治が官僚主導になってしまう責任の一端は国民にある。このような仕組みを「よし」として、能力がない人を選び続けている俺たちが、一番ダメでしょう。

■情報に対する忘却と無関心

みんな「変えたい」「抵抗しよう」と思っていても、行動(投票)になかなか結びつかない。「今の目の前の生活レベルが確保されればいい」と思っている人が非常に多いんだと思います。正直、未来のことまで考えられないということなのかもしれない。だから、大事なトピックについてもあっというまに忘れてしまうし、抵抗もしない。

そうすると、本当に語らないといけないことが語られないまま、いろんなことが“権力側のやりたい放題”になっていってしまう。

世界は「権力を持っている人間は、ほとんど何をやってもいい」ような状況だと思うんですよ。誰が何を暴露したところで、来年くらいにはみんな忘れている。たとえば――これ、完全にフィクションですけどね。「じつは過去に日本の政府が自国民を大量に殺していた」みたいな話が新しく出てきたとしたら、いっときは大騒ぎになるでしょう。でも、一年後には「ああ、そんなこともあったね」って忘れられているんじゃないでしょうか。レスポンスが非常に一時的で浅いというか、人間社会には、そういう怖さがあります。

実際、今現在起こっているパレスチナ問題でも、イスラエルがガザにしている爆撃が映像で流されたときは「なんてひどい」と話題になったけど、すぐに熱が過ぎ去ってしまいました。

原発の話なんて、たった三年半前です。たった三年半で、多くの人はもうあまり話題にもしない。だから、俺は原発問題に関しては、もう「政府が悪い」とか「東電」が悪いという気持ちにはなれないんです。政治についても同じ。「どうでもいい」と思って放置しているのは、ほかでもない自分たちだろう、と思うから。

こうやって絶望的な気分になったときに俺が思うのは、「世界は、つねに自分たちの脳の拡大されたものでしかない」という事。戦争がなくならないのも、不条理なほどの自然破壊や搾取がなくならないのも、私たちの脳みそが、太古からほとんど進化していないことの証でしょう。にも関わらず、「人間は賢い」「自分たちは賢い」と思い込んでいる人に対して俺は「いやいや」と言いたいんです。

なぜ、特定秘密保護法案のような重要な法案が議論もされないまま通ってしまうのか。
なぜ、節電を叫んでいた同じ人が、一年もしないうちにクリスマスのイルミネーションを見て「きれいだね」と喜んでしまうのか。

政治にしろ、社会問題にしろ、今、どんなに重要な情報が流れてきても理解されない。「天動説を唱えたガリレオが嘘つきの扱いを受けて、火あぶりにされようとした時代」からまったく変わっていない。

みんな、ときには「もしかして、人間(俺)ってものすごくバカなんじゃないの?」と、疑ってみることが必要なんじゃないかと思います。

【今週のキリヤ語録】

・今の日本は「権力を持っている人間は、ほとんど何をやってもいい」ような状況だと思うんですよ。誰が何を暴露したところで、来年くらいにはみんな忘れている気がします。

・スペシャリストにも、リーダーにもなれないような議員を選んでいるのは国民です。政治が官僚主導になってしまう責任の一端は自分たちにある。そういうしくみを「よし」として、能力がない人を選び続けている俺たちが、一番ダメでしょう。

(参考)
小渕優子・経済産業相が辞任 政治団体の収支「私自身わからない」【会見詳報】
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/19/obuchi-yuko-resigned_n_6011956.html?utm_hp_ref=japan

世界は小渕氏と松島氏の辞任をどう見たか 「うちわだけで辞任?」「日本は他の先進国に比べて男性優位社会」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/21/how-overseas-media-reported-the-resignation-matsushima-and-obuchi_n_6019658.html


自然と自分 October 24 2014


――紀里谷さんは、以前キャンプ好きと伺いましたが、どんなところに行かれるんですか。

キャンプはよくします。ハワイに行くときも海辺にテントを持っていって、そこで寝起きしたり。どうせ毎日海辺に行くんだし、ホテルなんて寝に帰るだけでしょう。だったら、海辺で寝ればいいんじゃない? って(笑)。

■自然の中で感じる根源的な恐怖

日本では、友だちと行ったりもしていますけど、アメリカにいるときは、だいたいひとりで行きます。

もちろん山や川沿いといった場所でもキャンプしていましたが、砂漠の近くにあるキャンプ場にも、よく行きます。アメリカって、キャンプ場がいたるところにあるんです。砂漠と言っても、キャンプ場なので水場などはきちんとあるし、何の不便もない。

ただ、砂漠でキャンプしていると、たまたま自分ひとりになるときもある。しかも月が出ていなければ、本当に真っ暗闇の中にひとりだけ。

そういうときは、言いようのない怖さを感じます。見渡す限り闇の中で、明かりも見えず、自分しかいない。あの怖さは、経験しないとわからないと思いますね。

側にキャンプファイヤーがあれば違う。でも、火が消えてしまえば、その安心はなくなる。
だから、なぜ、原始人が火を生み出してその側にいたいと思ったのかということが実感としてわかりますよね。

そういうとき空が見えていれば、月や星を見て「きれいだなあ」とほっとしたりするんですが……。

■自分も「ただの生き物」だということがわかる

なぜひとりでキャンプに行くかという理由のひとつは、日々情報過多な生活を送っているから、そういうところに、ときどき身をおいてみる経験をしないと、逆にわけがわからなくなっちゃうんですよ。

自然の中にいると、自分もしょせんは自然の一部だということがわかる。
自分もひとつの生き物だということもわかるし、その先に魂がある、ということもよくわかる。夜の海辺に行って座ってみるだけでもいい、そうやって自分を見つめる時間は重要です。

ちなみに、キャンプに行くときは、だいたい1泊、せいぜいが2,3泊ですし、きちんとプランニングして行きますので、今まで危ない目に遭ったことはありません。

しかし、やっぱり自然というのはときに非常に残酷です。人が簡単に死んでしまうような状況が簡単に起こりうる。どんなところに行くにも「自然をなめちゃいけない」というのは、やっぱり大前提だと思います。


『2001年宇宙の旅』 October 31 2014


『2001年宇宙の旅』
http://urx.nu/dzyq
1968年(アメリカ)、149分。
監督:スタンリー・キューブリック
出演:ウィリアム・シルベスター、ゲイリー・ロックウッド、キア・デュリアほか

この作品を観たのは、渡米してすぐ、15歳くらいのときですね。最初に観たときは寝てしまって。大学生でもう一度観て、やっとよさが理解できました。同じスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』は、その前に確かリバイバル上映を観ていたのかな。

『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』『スパルタカス』……。名作と呼ばれるキューブリックの作品はこのほかにもたくさんありますが、俺はやっぱりこの作品を挙げたいです。

『2001年宇宙の旅』って、俺の中では「すべてのビジュアルが完璧」ということを成し遂げた映画。構図、デザイン、すべてが画面のすみからすみまでが完璧ということ。これはあくまで俺の勝手な解釈であなんですけどね。

この作品については、その一点だけです。
それ以上語る必要がないと思う。
あらゆる人が多大な影響を受けている映画だ、と思います。


アメリカで映画を撮る October 31 2014


■映画監督はエキストラとしゃべってはいけない?

――最近、facebookでCMに出演するエキストラを募集されていましたね。映画制作の現場でもエキストラを大勢使う場面があると思うんですが、監督自身が、エキストラとからむこともあるのでしょうか。

アメリカでの話をすると、じつは、映画監督はエキストラに演劇指導してはいけないんです。演技指導をしていいのは俳優だけ。エキストラに演技指導をしてしまうと、俳優と同じ立場になるので、そこにはギャラが発生してしまうという考え方なんです。だから、助監督しかエキストラとしゃべっちゃいけないというルールがある。まあ「こんにちは」とか挨拶くらいはOKだと思うんですけど(笑)。

――日本の撮影現場ではそういうことはないんですか?

日本の映画業界にはそういうルールはありませんね。

■クリエイターのジャンルごとに“組合”がある

アメリカには、ほかにも「映画監督は、監督以外の仕事をしてはいけない」という慣習みたいなものがあって。たとえば、監督は撮影のカメラもさわっちゃいけないんですね。俺みたいに監督もやるけどカメラも回す、なんていうやり方はご法度なんです。だから、今回の『ラスト・ナイツ』は一切、自分でカメラを回していません。

なんでそうなのかというと、映画監督、カメラマン、脚本家など、クリエイターの専門のジャンルごとに、それぞれ協会や組合があるんですよ。その組合の力がすごく強いので、映画監督がカメラを回したりすると「それを本業にしている人間の仕事を奪う」ということで、非常に文句が出る。

ただ、アメリカでも、若いクリエイターたちは「あえて組合に入らない」人も多いです。組合に入ってるスタッフは、やっぱり使いづらいということで、キャスティングされにくかったりするからです。だから、CMなんかはわりと組合に入ってないスタッフでキャスティングされている。でも、映画やドラマとなると、キャスティングされるのはまず組合に入っている人たちですね。

今、日本にそういう組合はありませんが、「ないほうがいいのか」というと難しいところだと思うですよね。たとえば、小栗旬さんが「日本の俳優は労働組合を作って活動したほうがいい」と言っていたりするけど、それは本当にその通りだと思うんですよ。でも、あんまり組合の力が強まると、既得権益を守るような組織になってしまう可能性もあるということですね。

映画にしろ何にしろ、モノを作る仕事って、クリエイターだけじゃなくて、ビジネスを回す人とか弁護士さんとか、いろんな立場の人がたくさん入ってものを作っているわけですが、クリエイティブ以外の要素が現場にあまりに多く入り込むことによって、本来の目的からずれていって、わけのわからないことになってしまうというパターンが多いと思うんですよね。

だから、究極的には「クリエイティブの人間だけでモノを作れるようになる」のがベストなんじゃないでしょうか、ただ、現実としてまったくそうなってはいない……というのが今の状況なのかなと思います。


「育児」と「仕事」 October 31 2014


――「最高裁が、女性が妊娠後に降格されたことを違法と判断した最高裁判決」が24日にニュースとして流れました。この「マタハラ」のニュースをきっかけに、女性の妊娠、出産、育児と仕事の両立の問題についてお伺いします。映画の世界でも「マタニティ・ハラスメント」のようなことはありますか? 俳優やスタッフの妊娠・出産は、映画の仕事ではどう受け止められているんでしょうか。

まず、そもそも映画業界には女性が少ないんですよね。最近は増えてきたと思いますけど……。

俳優の場合は、たとえば、キャスティングしていた女優さんが妊娠された場合、「お腹が大きくなってしまうと役と合わない」とか「激しいアクションができない」という理由で降りてもらうということもあるでしょう。でも、そういう物理的なこと以外は問題ないんじゃないでしょうか。スタッフなんか、雇う側としてはほとんど関係ない。『ラスト・ナイツ』のスタッフにも、キャスティングする前から妊娠していて、撮影中に出産された方がいます。

――仕事がすごくハードな会社で、会社側の判断で、妊娠を理由に降格されてしまうという問題に対してはいかがでしょう?

悩ましいところですよね。女子サッカー代表の誰かが妊娠して、それを理由にスタメンからはずされたら、それはマタハラなのか、というとちょっと違う気がします。スポーツは身体的能力が問われるから、という明確な理由はありますけど、真ん中にある問題は同じなんじゃないでしょうか。

そもそも、女性にだけ妊娠・出産があるという時点で、生物学的にフェアではないじゃないですか。けれど職場においては、女性が男性と同じように働く、働けるということがフェアだということになっている。その状況下では、おそらく雇われている側は「妊娠しても、同じ成果を生み出せますよ」ということを、示さないといけない状況におかれている。でも、それだけの成果を上げるには、人一倍努力が必要というジレンマがある。

■昔は、子どもを背負って仕事している人がたくさんいた

今の社会では、「子育て」と「仕事」が非常に切り離されている感じがします。昔は「子育て」と「仕事」はもっと距離が近かった。俺が小さい頃は、まわりによちよちの子どもを連れて仕事をしてるお母さんが結構いました。それこそ、農家の人なんておんぶしながら畑耕していたでしょうし。

子どもの存在が、親の仕事の中に入り込んでいたと思うんですよ。八百屋さんの家の子どもは八百屋さんの手伝いをしていたし、ガソリンスタンドをやっている家の子どもは、ガソリンスタンドを手伝っていた。友だちのところに遊びに行くと、必ず何か親の仕事を手伝っている。そういうものだったと思います。

俺も親父の仕事を手伝っていました。今思うと、幼稚園くらいからやってたような気がしますね。パチンコ店の引換所でお客さんにタバコを渡したり。もちろん、初めは勘定を間違えたりすることもあるだろうけど、そうやって世の中や労働というものを勉強していくわけじゃないですか。

そう考えると、自営業の人が減ってほとんどの人が会社というものに通う時代になってから、「子育て」が社会から隔離されてしまったような気がするんですよね。

■子どもOKの映画撮影現場

たとえば、俺が作品を撮るときは、スタッフが現場に自分の子どもを連れてきていいことになっています。そのかわり「手伝ってね」と、子どもにも仕事を与えたりする。つまり、それなりの責任感を持ってその場にいてもらうということ。CMなどの場合は、クライアントの手前もあり、ちょっと難しいんですが、映画に関してはOKです。

とくに『CASSHERN』の撮影のときは、夏休みだったので、小・中学生やもっと小さい子を含めて、“子どもだらけ”でしたよ。美術部のスタッフと、その子どもが一緒に何か作ってたり、録音部のスタッフの隣に子どもが座って父親の作業をじっと見ていたり。撮影中も、俺の隣にも、誰かの子どもがちょこんと椅子に座っていたりしました。

もちろん撮影中は、黙っててほしいので「俺が『アクション!』って言ったら、みんなしゃべっちゃダメだよ」と言っておくと、しーんと静かにしていてくれる。子どもたちもえらいもので、大人たちの真剣な空気を感じ取ると、きちんとわきまえてくれるんですよ。親が必死になって頑張っている姿を見て、「自分もしっかりしなきゃ」って思うんでしょうね。ギャーギャー泣きわめいたり、駄々をこねたりする子はいません。

よちよちの赤ちゃんであれば難しいけど、言葉を理解できるくらいの年であれば、もう大人として扱う。そういう体験って、子どもの教育にとってもいいことなんじゃないかと思うんです。

「仕事の現場に子どもを連れてくるなんて」という意見の人もすごく多いんだけれど、まあ、製作のトップは俺なので、やりたいようにやらせてもらっています。そうやって、大人が仕事しているときの姿を近くで見せておくことって、実は子どもの教育にもすごく重要なんじゃないでしょうか。

■大人が働く姿を見せたほうがいい

仕事と育児が完全に切り離されていると、「お父さんとお母さんがどこかに行って、お金を持ってくる」という状況なわけじゃないですか。「こういう仕事なんだよ」と言葉で説明されたって、よくわからないし、想像できない。

外でどんな仕事してるのかなんて、実際に見ないことには、親だってわからない。うちの親でさえ「ミュージックビデオを作っていて……」なんていってもピンと来ないわけです。「ファッション関係の写真を撮っていた頃なんか「息子が服を作っている」と勘違いされていたりもしました(笑)。大人でさえ、理解できないんだから、子どもは見ないと理解できない。すごくシンプルな話だと思います。

だから、打ち合わせだろうがなんだろうが「仕事だから、ちょっと黙っててね」って言って仕事場に連れてきたっていいと思うんです。

親の働いている様子を見るとやっぱり「すごいな」と思うし、尊敬の念が生まれる。俺自身、子どものころから親が働く姿を見ながら育っているので、とくにそう感じるのかもしれませんね。だから一生懸命働いてくれているスタッフの姿を、どうせなら彼らの子どもにも見てもらいたい。そういう現場作りができていることは、誇りに思っています。もし、自分に子どもがいても、どこにでも連れていくでしょうね。

■「子育てしながら仕事」が許される風潮に

Last Knightaでも、ポスプロのスタッフの女性で出産したばかりの人がいたんですが、彼女が「朝の6時から14時の間に仕事をできないか(そうすれば14時以降は子どもの世話ができる)」と言うので、それにこちらが合わせていました。その申し出はまったく嫌じゃなかったです。全然OK。俺はどうせ朝早くから起きていますから。

でも、今の日本の企業ではそうやって「子どもの世話があるので、勤務を朝6時から14時にしてください」とは言えない雰囲気が、まだありますよね。そういう空気が社会全体に漂っているのが問題なのかもしれない。

そういうことが堂々と言える空気になると同時に、子どもが職場にいてもいい、という世の中になればいいのに、と思いますね。託児所がある会社が増えるのが一番いいですけど、「職場の中に、子どもを連れてくる人がいたっていい」という風潮が必要ですよね。

妊娠・出産した人に対する職場でのフェアネスの問題は非常に難しいと思うんですが、そもそも「子育て」と「職場」を過剰に分ける今の風潮にも問題がある、というのが俺の意見です。職場に子どもがいたっていいじゃない、という世の中になれば、みんな幸せになれるんじゃないでしょうか。

【今週のキリヤ語録】
・妊娠・出産した人に対する職場でのフェアネスの問題は非常に難しいと思うんですが、そもそも「子育て」と「職場」を過剰に分ける今の風潮にも問題がある

・俺が作品を撮るときは、スタッフが現場に自分の子どもを連れてきていいことになっています。そのかわり「手伝ってね」と、子どもにも仕事を与えたりする。つまり、それなりの責任感を持ってその場にいてもらうということ

(参考)
マタハラ訴訟で最高裁弁論 妊娠理由に違法な降格 10月23日判決
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG18H13_U4A900C1CR8000/

マタハラ被害者団体 最高裁判決受け会見
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141024/k10015675911000.html