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コラム April 2014
April.01 2014
Tue Apr 01 2014 00:00:57
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コラム April 2014


PASSENGER創刊にむけて April 2 2014


いきなり告白しますが、紀里谷和明は怠け者です。映画一つをとってもこの10年間でたった3本しか作っていない。元々写真家だったのに「撮りたい雑誌がない」という理由で写真を撮っていないし、PVも「撮りたい曲がない」といって全然作っていない。時々、演出したり、小説を書いたり、CMを作ったりしていたが、やっている自分はさっぱり満足せず、妙な違和感を抱き続けていなかったのです。

何がいけないのか?別に作りたくない訳じゃない。頭の中ではいろんな事が常に渦巻いていて、常に作っては 壊し壊しては作ってを繰り返しているのです。問題は、完璧な制作と発表の場が揃わない と何も作り始めないという自分の潔癖なのです。特に映画は奇跡の様な状況が幾重にも重なってやっと実現するので、その奇跡を待ち続けると、あっという間に10年とか経ってしまいます。で、そこまで待って作ったとしても完璧なものなどできる筈もなく、出来上がったとたんに自己嫌悪に陥り、それを払拭する為にもっと完璧な状況と計画を練るという悪循環に閉じ込められてしまう。

しかし、これではいけないとようやく決心し、この創作的引きこもりから脱出すべく考えついたのがこのPASSENGERという実験室です。撮りたい雑誌がなくても写真は発表できるし、撮りたい曲がなければ曲から作ればいい、完璧でなくてもスケッチの状態で何かを外に出し続ける事で見えて来る事もある。そして何より、どうしても何かを発表しなければいけないという状況に自分を追い込み、コンスタントに作品を世に出し続ける。それが今自分に必要な環境なんだと気づきました。しかし、それを可能にするには、皆さんの協力が必要なのです。購読者という立場から紀里谷和明を監視し、半熟の作品も面白がって作らせるパトロンになっていただきたい。自分に残された時間はあまり長くなく、なのに自分の中にうごめいている熱は果てしなく、それをどれだけ吐き出し続けられるのか?とにかく、できるだけ吐き出したい。映像、写真、音楽、文章、形に拘らず、自由な形で産み続けたい。そう思っています。皆さん監視のほど、よろしくお願いします。

紀里谷和明




コンプレックス April 9 2014


コンプレックスってなんだろう?「コンプレックスありますか?」と人に聞くと、ほとんどの人が「ある」と答える。「ない」などと答えようものなら、たちまち「何様?」という雰囲気が漂う。そして私たちはこのコンプレックスの克服の為にありとあらゆる事をやる。着飾ったり、整形したり、肩書きを付けたり、お金を持ったり、力を持ったり、等々。向上心や努力をする事が悪いと言っている訳ではない。ただ、そもそも、コンプレックスって必要なのか?と考えてみよう。

そもそもこのコンプレックス、いつから持つようになったのだろう?子供の頃を思い出してもらいたい。私たちは生まれたときからコンプレックスを持っていたのか? 答えは「ノー」である。幼児を見ればわかる。彼等は何のわだかまりもなく世界を受け入れ、自分を表現している。今自分の周りに子供がいると想像してもらいたい。いろんな形のいろんな国の子供がいるとしよう。彼等のどこに欠けた部分があると言うのだろうか? 全ての子供は完璧な存在に見えるはずだ。なのに、私たちは、親や学校から、ああしろこうしろと言われ「そのままの自分ではダメ」と言われたのだ。「足が遅い」「背が小さい」「太ってる」「やせてる」「頭が悪い」小学生になる頃には立派にコンプレックスの種は植え付けられ、それが花開くと「学歴が」「年収が」などなど、他人と比べてありとあらゆるコンプレックスを背負ってしまう。そして、それを他人に押し付け始める。つまりコンプレックスを植え付ける側にまわってしまう。しかし、果たして本当に私たちはそんなにダメな人間達なんだろうか? 今の自分には常に何かが足りなくて、違う自分にならなければいけないと信じ込むほど不幸せな事はないんではないだろうか? 自分を肯定できないのである。その不安に駆り立てられながら見えないゴールに向かって走り続けているのではないだろうか?

その結果、私たちが消費という麻薬にはまってしまうのは前回書いた。消費を促進する為に企業は私たちのコンプレックに訴えかける。「これがないと仲間はずれになりますよ」「こうじゃないと笑われますよ」「持ってないと恥ずかしですよ」と。その脅しを信じ込んでしまう私たちは消費をする為に必死に働く。時にはやりたくない事をやってでも。そしてそこでストレスを駆け込み、そのストレスの発散の為にまた消費する。

この洗脳から抜け出す事はできないんだろうか? 私たちは自由主義国家に暮らしているのに、本当に自由なんだろうか?